〜第3話 復讐の少女〜
   あれから2日後、俺はアリーナへ出場する毎日を過ごしていた。テュルムもここに移ってから
   変わりなく過ごしている。エリシェもテュルムを姉と慕い、まるで姉妹のように接している。
   エリシェはまだサブアリーナに所属しているが、腕前の方はかなり上級クラスになったと俺は
   思う。テュルムはアリーナの下級クラスに所属、俺はテュルムより10位差。アリーナには
   総勢100名のレイヴンがおり、俺とテュルムは80位と90位に位置している。俺達の
   腕前からすればおそらくランク50位クラスになれると思うが、そんな気は全くなかった。
   理由は目立たなくするためである。この世界目立てば注目の的になり、腕があればミッション
   依頼も多くなる筈である。それと同時に目の敵にする輩がいるのもまたこの世の中にはいる。
   要らぬトラブルを避ける為ならば目立つな、これはレイヴン達の間では当たり前の事である。
テュルム「今日は負けましたね。」
   俺がアリーナの控え室に入るとテュルムが話し掛けて来た。この2日間仕事の依頼はなく、
   アリーナに出場を繰り返していた。俺は今日のアリーナでランク81位レイヴンの再挑戦を
   受ける。一度勝った相手で負ける気はしなかったが、今回は態と負けた。テュルムは俺の
   行動に何も言わなかったが、エリシェは不満そうである。
エリシェ「信じられません、態と負けるなんて。ランキングが下がってしまったではないですか。」
ユキヤ「エリシェもそのうち分かるようになる、必要以上に目立ち過ぎると要らぬトラブルが
    起こるからな。もしその要らぬトラブルで殺されでもしてみな、そう考えただけでも
    この行動はするべき事だよ。」
   俺の話しでエリシェは少し納得したようだ。確かに要らぬトラブルを恐れるのは悲観的考え
   ではあるが、実際に殺されたのでは遅い。こういった行動も今の世の中では十分に通用する。
   むしろそうしないとこちらが損をする事になる。
エリシェ「確かに殺されたら何も出来ませんが・・・でも・・・。」
ユキヤ「俺だって力をセーブする対戦ほど辛いものはない、相手を完全に馬鹿にしているのと
    同じだからな。100%の力で闘える方がよっぽど楽だ。」
テュルム「エリシェさんも偶には負けなさい、サブアリーナも目立とうとすれば注目されるから。」
エリシェ「・・・分かりました。今度からそうします。」
   エリシェは渋々答えたようだ。でも彼女の方が正面から相手と向き合っている、本当は見習わ
   なくてはいけない事である。
ユキヤ「ミッションの方が楽だよな、100%で依頼を遂行しないと場合によっては殺される事も
    あるからな。」
テュルム「そうですね。」
エリシェ「ユキヤさん・テュルムさん、今後私と闘う事になっても手抜きはしないで下さいよ。」
   不意にエリシェは俺とテュルムにそう告げる。エリシェは手抜きでもされたら困るといった
   顔をしていた。
ユキヤ「心配するな、お前と闘う事になったら全力で相手になるから。その時は目立つ事なんか
    考えない。誠意を持って対戦するよ。」
テュルム「私も同じよ。ユキヤさんは私より先輩だから負けるかもしれないけど、エリシェさんは
     私の後輩なんだから簡単に勝たせてあげないわよ。」
エリシェ「それを聞いて安心しました。」
   やっとエリシェが笑みをもらす、やはり笑顔あってのエリシェだ。・・・この考え方、本当に
   父親みたいだな。テュルムとエリシェは俺の自慢の娘だ、なんてな。
テュルム「そういえばガレージと控え室の間の通路に変なチラシが貼ってありましたよ。」
エリシェ「何と書いてあったのですか?」
テュルム「確か・・・“風を殺す”と書いてあったと思うわ。」
   風を殺す・・・2人は何の事か分からなさそうだが、俺にはこの意味を知っていた。
ユキヤ「・・・あいつか、しっかり生きているようだな。」
テュルム「何か心当たりでも?」
ユキヤ「・・・通称ウインドバスター、俺を殺そうとしている奴だ。」
エリシェ「そ・そうなのですか?!」
   俺は2人に事の内容を話す。約1年前、俺はアイザック・シティガードから依頼を受けた。
   依頼内容はテロリスト集団の殲滅。相手側の戦力構成はMTのみであったが、指揮系統が
   ずば抜けて優れている集団であった。そのため数々の殲滅に向かったレイヴン達を悉く撃破、
   未だに無敗を誇っていた集団でもある。俺が対峙したテロリストとはレベルが違かった。
   俺はこの連中の団結性を考えこう思う、“人の役に立てればどれだけ凄い集団だろうか”と。
   俺は今までの戦術や戦略からしてかなりの強者だと察知、機動性・耐久性を考慮したACで
   出撃した。俺のカンは当たっていた、相手の人数はたった10人前後。だが指揮系統はもの
   凄く、凄まじい戦闘が続いた。だがACとMT、数が多くても装甲・耐久性・機動力から
   こちらの戦力が高かった。それでも強かった、今まで相手にしてきたテロリスト集団とは。
テュルム「そんな凄いテロリスト集団なんていたんですね。」
ユキヤ「ああ、油断したらやられるところだった。」
   そう時間がかからず何とか勝利、俺は依頼を終え帰還しようとした。その時だった、エリシェ
   同様の人間を見つけたのは。その子共々ガレージに引き上げたが、彼女はエリシェと違って
   いる点があった。それは全く生きる希望を持っていなかったのだ。生きる希望を持たせようと
   したが、彼女の心の傷はかなり深いと直感。また癒されるまでの時間がかなりかかる事もまた
   直感した。彼女の両親は今しがた対峙したテロリスト軍団に殺されたようで、仕方なく奴らに
   連れられていたようでもある。
テュルム「それで生きる希望を持たせる為に、その子に自分が両親の仇と・・・。」
   俺は生きる希望を持たせる為に、あえて自分がその子の両親を殺したと話した。結果その子は
   俺を憎み、殺すために生きだす。本当は良くない事ではあったが、彼女の為を思って行った。
エリシェ「優しいのですね、そこまでしてその子を生かすなんて。今時の人間には考えられない事
     ですよ。」
ユキヤ「優しい・・か。」
   俺は控え室のベンチに仰向けに倒れこむ。他人に優しいと言われたのは子供の頃以来だ。
   とそこにテーブルの上に置いてあった俺のの携帯電話が鳴る。エリシェは携帯電話を手に取り
   相手と応対した。
エリシェ「もしもし・・・あ、小父様。はい・・えっ・・・、わ・分かりました。」
   エリシェは徐に携帯電話のスイッチを切る。この言動、そしてメカニック長からの電話。俺は
   話の内容がすぐ分かった。
エリシェ「ユキヤさん・・・あの・・・。」
ユキヤ「ウインドバスターから連絡があった、だろう?」
エリシェ「はい・・・、詳しくはガレージに来たら話すと言っていました。」
ユキヤ「行くとするか、2人はガレージで待っててくれ。」
   俺はその場から起き上がりガレージへ向かう。2人には悪いがこれは俺の問題だ、俺自身で
   対決する。
メカニック長「彼女から連絡があった、35番の地上ゲート付近で待っているそうだ。」
ユキヤ「分かった。」
   俺はウインドブレイドに乗り込むと目的の場所へ向かった。彼女と会うのは約11ヶ月振り、
   復讐の念でも生きている事に嬉しくなる。今なら言える、俺は彼女の保護者になるべきだと。

   数十分後、俺は35番地上ゲート前に到着。そこには青いACが待ち構えていた。
ユキヤ「久し振りだなルディス、生きていてなによりだ。」
ルディス「・・・貴様を殺すために生きてきた。決着を付けさせてもらう!」
   ルディスはそう叫ぶと愛機をこちらに突撃させてきた。俺はウインドブレイドを回避行動に
   移行、ルディスのACから遠ざけた。直後ルディス本人から通信が入る。
ルディス「逃げるだけか、情けないっ!」
ユキヤ「・・・お前の怒りだけを受け止めるだけでいい、俺はお前を殺さないぜ。」
ルディス「正気か、こちらは本気で殺すつもりだぞ。」
ユキヤ「・・・構わない。」
ルディス「臆病者が!」
   ルディスは激怒したらしく、右腕武器の連射型ライフルを放ちながら更に突進してくる。
   イタチゴッコとはこの事だな。本当はケリを着けさせたいところだが、俺にはまだやる事が
   残っている。今はルディスの怒りを受け止める盾役だけでいい。
エリシェ「ルディスさん待って下さいっ!!」
   突如外部通信からエリシェの声が流れてきた。レーダーを見ると2つの点が表示されている。
   どうやらエリシェとテュルムのACらしい。まったく・・・あいつららしいな。エリシェと
   テュルムのACはルディスのACと一定の距離を保ち、彼女に直接通信を入れる。
テュルム「ルディスさん、あなたは思い違いをしています。ユキヤさんはあなたの家族の仇では
     ありません。」
エリシェ「そうです。あなたを生きさせる為に、あなたに生きる希望を与える為に態と家族の仇と
     言っているのです。」
   どうやら2人は本気らしい、声を聞いていくと相手を思う気持ちが伝わってくる。
ルディス「な・なんだと・・・本当なのか?!」
テュルム「本当よ。以前助けてもらった時、ユキヤさんと少しの間過ごした時があると思うわ。
     その時嘘をついた事がある?」
   この2日間、テュルムはよく俺の事を見ているなと思った。俺は殆ど嘘をついた事がない、
   何故ならば人とのコミュニケーションを取っていなかったからだ。メカニック長とは親しい
   仲だが、嘘をついた事は一度もない。嘘をつけば相手も困るし自分も困る、自ら自分の首を
   絞める損な事など無駄な行動だ。でも軽い嘘はついてはいるが・・・。
ルディス「・・・なかった・・・。ユキヤ・・・この人達は本当の事を言っているの?」
   初めて会った時の声だ、どうやらルディスは心の扉を開こうとしているらしい。まったく、
   2人には頭が下がる。女同士だから話が通じるのだと思うが、俺では上手く話せないだろう。
ユキヤ「・・・今更俺がどう言ってもはじまらない、後はお前がどう思うかだ。」
ルディス「じゃあ・・・ユキヤは今まで私を生かす為に仇と言っていたんだ・・・。」
ユキヤ「それもどう思うかはお前に任せる、俺は俺が出来る事をしただけだ。」
   俺はその場に居辛くなり、ガレージへと引き上げた。どうも苦手だ、こういう話し方は。だが
   これだけは彼女の問題、俺が出る幕じゃない。

ユキヤ「仇か・・・。」
   俺は自室に戻ると自分のベッドに倒れ込んだ。仇・・・復讐、この問題は非常に気難しい。
   いくら相手が自分の家族や友人を殺したとしても、死んだ人間が生き返るわけではない。
   むしろ仇の人物を殺してしまう事自体、罪になる場合もある。その仇の人物に家族がいれば、
   今度はその者達に自分が仇となってしまう。復讐、これほど虚しい感情はない・・・。
   俺は心の中でそう呟いていると、部屋に3人が入って来る。先頭はもちろんルディスだ。
ルディス「あ・あの・・・。」
   ルディスはすっかり初めて出会った時と同じになっていた。こういう解決法もあるんだな、
   エリシェとテュルムに感謝しないと。
ユキヤ「ありがとうはナシだ、俺はお前を生かす為にやっただけだ。自分を責める必要もない。」
テュルム「もうっ、少しはルディスさんの気持ちを考えてあげてよ。」
エリシェ「そうですよ。」
ユキヤ「考えているさ、だからこういう答え方しかできないんだ。それにこういう話し方は苦手
    だからな。」
ルディス「・・・本当にありがとう・・・。」
   ルディスは泣きながら俺に感謝の言葉を話す。俺はベッドから起き上がり、ルディスの側まで
   行った。そして彼女の頭を優しく撫でる、かつてある女の子達に行った行動と同じだ。
ユキヤ「・・・どういたしまして。」
   ルディスは俺を見て泣きながら少しはにかむ。女性には見えない、まるで少女のようである。
   エリシェが服のポケットからハンカチを取り出し、ルディスに手渡す。ルディスはそれで涙を
   拭うと、俺に話し掛けて来た。
ルディス「今度は私がユキヤの役に立ちたい、いいかな?」
   まるで子供のような笑顔で俺にそう話す。2人も笑顔で俺らの事を見つめていた。
ユキヤ「構わんよ、それにお前を1人にしたら何をするか分からないからな。」
ルディス「ありがと・・・。」
   ルディスは再びはにかみ、俺を見つめる。父親だな、俺の行動は・・・。
ユキヤ「ところでルディスは何歳なんだ?」
ルディス「16だよ。」
エリシェ「私より1つ年下かぁ〜。」
テュルム「私は2つ年が離れているわね。」
ユキヤ「・・・妹が3人いるみたいだな。」
   俺は3人を見つめ、そう呟く。お淑やかだが気が強いエリシェ・強気だがどこか抜けている
   テュルム・子供っぽく見えるがしっかり者のルディス。本当の妹のように見える。いや彼女等
   の性格からすれば俺は父親かもな。今日からまた一人、新たな家族が加わった。
                               第4話へ続く

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